有馬記念、オルフェーヴルのこと。
このところずっと、もう半年近く競馬をちゃんとやっていない。応援していた馬が次々と引退してしまったので、モチベーションが上がらなくなって、なんとなく距離を置くようになってしまった。そんな矢先に競艇を知って、お財布のベクトルも馬ではなく船に向くようになったのである。
とはいえ、競馬は楽しい。応援する馬が走るところを見るのは、ほかに代わるもののない楽しみであったし、見事一着でゴールしたときの喜びときたら。馬券の当たり外れとは全く違う類の喜びがあった。
ダノンカモン、カノンコード、タスカータソルテ、ダッシャーゴーゴー、……大好きな馬たちがたくさんいた。
とりわけ思い出深いのは、POGで指名したところから追いかけ始め、三冠馬に輝いた「金色の暴君」ことオルフェーヴルのことだ。とりわけ、引退レースとなった2013年の有馬記念のことは忘れられない。
「抜けた抜けた抜けた抜けた! 強い! 6番、オルフェーヴル! あっと言う間にリードを広げました!」
いつもの通りの後方待機策、鞍上・池添謙一の手が三コーナー手前で動き始めると、栗毛の馬体に搭載された高出力エンジンに火が灯る。別次元の加速力、他馬を嘲笑うかのごとく、直線入り口で先頭に並ぶと、内ラチに切れ込んであとは突き放すだけ。
圧巻のパフォーマンス、という言葉さえ生ぬるい、残酷なまでの強さを惜しげもなく披露したラストラン。しかしこのレースを記憶する者たちは同時に、「もう一頭」の馬の名前を思い出すはずだ。一番人気オルフェーヴルの最大のライバルと目されていた二番人気芦毛のゴールドシップではなく、……内回りの向正面からじっと、オルフェーヴルの内に息を潜め、彼が加速すると同時にその背中に狙いを定めた刺客の名前。
……オルフェーヴルは規格外の三冠馬であった。常識の通用しない浮き沈み。これほど馬柱の「汚い」三冠馬も稀であったし、勝つときは史上最強かと思わせる派手な勝ち方を見せる反面、脆さ危うさも秘めていた。それだけに鮮烈な印象を残している名馬であったが、歴代の名馬の物語に彩りを添えるのが「ライバル」の存在であることは言うまでもない。
オルフェーヴルの「ライバル」といえば、ウインバリアシオン、ただ一頭の名を挙げるしかない。
2013年の有馬記念は、前年、屈腱炎によって戦線離脱し、前哨戦の金鯱賞で復帰を果たしたばかりのウインバリアシオンにとっては過去に六度の対決がある同い年のオルフェーヴルとの最後の勝負の舞台になった。まだ互いを認識し合っていたとは思えないきさらぎ賞ではウインバリアシオンが先着、雨と泥のダービーでの壮絶なデッドヒートの末にオルフェーヴルが戴冠、一瞬たりとも思うような走りの出来なかったオルフェーヴルを尻目に堅実な走りで先着した春の天皇賞、どん底から復活したオルフェーヴルの後塵を拝した宝塚記念。オルフェーヴル最後の舞台に、ウインバリアシオンの存在は必要不可欠であったことは多くの者が認めるはずだ。あの日、中山の坂を炎の塊となって駆け上がるオルフェーヴルを見つめる者の耳に、
「ウインバリアシオンが二番手に上がった!」
実況の声がこだまする。同い年の偉大なる戦友の黄金色の勇姿を、この世で一番近くで見たのは、ただ一頭、オルフェーヴルのライバルとして存在したウインバリアシオンだったのだ。
今年も有馬記念の週がやってきた。オルフェーヴルのように胸を炙るような馬とそうそう出会えるはずもなく、それゆえ競馬への思いも冷めてしまっているが、……ひょっとしたら、また熱くなれるかも知れない。
昼過ぎまで時間がある。WINSにでも行ってみようか。明日の有馬記念、走りを見届けたい馬に出会えるかも知れない。